高杉和徳氏のご冥福を祈って

目標や支えがあると、頑張れるし、張り合いも出ます。でも一方で、それが失われると、とても落ち込んでしまう。生きがいに支えられる人生は、裏を返せば、生きがいに縛られる人生です。笑いは、執着している自分を「ああ、あほらし」と自ら感じ取り、ずらし、緩めていきます。「目標や支えを失ったら生きている価値はない」という思い込みを、逆転する効果が笑いにはあります。

誰も望んで生を受けたわけではない。気付いたらここにいた。不思議なことです。生まれて今ここにいるというこの不思議な恵みを、受け取るか、受け入れるか、味わうか、与えられたものをどう再構築するかが問題です。そのまま祝い、喜び、笑う。それで十分だとするのも智慧のある生き方です。

変わらないもののない世界、無常の世界。それなのに、安心したい、安定したい、根を張りたいと思う。だから、逆に穏やかさが覆されるのです。一見どうしようもない現実を目の前にして、ただ嘆き悲しむのではなく、現実を受け止めつつ、その意味するところを変容させ、ある種笑いの対象とする。それで救われることがあると思います。

以上は、サイトの解説として掲載している内容です。毎月一回、高杉さんの司会を拝見するだけの関係でしたが、そんな視点に気付くキッカケになった方でした。ご冥福をお祈りいたします。